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東京地方裁判所 平成2年(ワ)70292号 判決

原告

株式会社商工ファンド

右代表者代表取締役

大島健伸

右訴訟代理人支配人

浅川公靖

被告

中島保

右訴訟代理人弁護士

久島和夫

山﨑賢一

主文

原告と被告間の東京地方裁判所平成二年手ワ第七五五号約束手形金請求事件について、同裁判所が平成二年一一月二八日言い渡した手形判決を取り消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一請求の趣旨及び請求原因は主文掲記の手形判決記載のとおりであり、被告は請求原因事実を認めた。

二被告の主張

1  被告は原告に対し、平成元年一一月二〇日、訴外株式会社藤川工芸社(以下「訴外会社」という。)が原告に対して既に負っていた債務及び右同日から三年間の間に訴外会社が原告に対して負う一切の債務につき、四五〇万円の限度で連帯して保証する旨約するとともに(以下「本件根保証契約」という。)、本件根保証契約に基づく被告の原告に対する債務を担保するため、訴外会社振出の主文掲記の手形判決別紙手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)に裏書をした。なお、同日、訴外会社は原告から一〇〇万円を借り入れた(以下「本件借入」という。)。

2  本件根保証契約締結に際し、被告は原告の営業担当者である小島則洋(以下「小島」という。)に対して右時点における訴外会社の原告に対する既存債務の有無につき質問したところ、小島は既存債務はない旨回答した。更に、被告は小島に対し、訴外会社が本件借入以外に今後新たに原告から借り入れる場合は、原告において被告に通知するよう依頼したところ、小島はこれを約束した。そこで、被告は、以上の小島の回答及び約束を信じて本件根保証契約を締結した。

3  しかしながら、訴外会社は右時点おいて原告に対し既に一二五万円の債務を負っていたのであって、小島が右事実を被告に告知しなかったことは不作為による詐欺行為に該当する。

4  小島は本件根保証契約締結につき原告を代理する権限を有しており、仮に、小島が原告の使者にすぎないとしても、原告は小島が被告に対し詐欺をした事実を知っていた。そもそも、原告の社員が詐欺行為をしていながら、その社員の行為により利益を受ける原告が社員の詐欺に対する善意を主張して責任を免れようとすることは信義則に反し許されない。

5  被告は原告に対し、平成二年一一月七日の本件口頭弁論期日において、本件根保証契約を詐欺を理由として取り消す旨の意思表示をした。

三被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1及び5の事実は認める。

2  被告の主張2の事実は知らない。

3  被告の主張3の事実のうち、訴外会社が本件根保証契約締結時点において原告に対し既に一二五万円の債務を負っていたことは認め、その余は争う。

被告は、原告に対し、昭和六三年八月三〇日に訴外会社のために二〇〇万円を限度とし、保証期間を三年間とする根保証契約(以下「旧根保証契約」という。)を締結しており、本件借入のうちもともと七五万円は旧根保証契約の範囲内のものである。更に、被告は本件根保証契約により、以後三年間にわたり四五〇万円の範囲で訴外会社のために根保証をする意思を有していたのであるから、訴外会社の原告に対する既存債務が一二五万円存在することを知っていたとしても本件根保証契約を締結していたものと考えられるのであって、仮に、小島が右既存債務の存在を被告に秘していた事実があり、これが不作為による詐欺行為に該当するとしても、右詐欺行為と被告が本件根保証契約を締結した事実との間には因果関係がない。

4   被告の主張4の事実は否認する。

原告においては、営業の一担当者にすぎない小島には一切の裁量権はなく、原告内の審査部門から渡された契約書等への署名・捺印の徴求と出納部門から渡された現金の交付をするのみであって、小島は原告の使者である。

四裁判所の判断

1  争いのない事実及び〈書証番号略〉、証人小島則洋の証言並びに弁論の全趣旨によれば、訴外会社と原告との取引関係は以下のとおりであったと認められる。

①昭和六三年八月三〇日 一〇〇万円借入

②平成元年六月六日 一〇〇万円弁済

③平成元年六月二六日 一六〇万円借入(弁済期平成四年六月七日)

④平成元年九月二六日 三五万円弁済

⑤平成元年九月二九日 二〇〇万円借入(弁済期平成元年一二月一二日)

⑥平成元年一一月二〇日 一〇〇万円借入(弁済期平成四年一一月七日)

(本件借入)

2  右事実によると、本件借入時における訴外会社の原告に対する既存債務は三二五万円になるはずであるが、小島は、被告から既存債務の有無を尋ねられたので一二五万円ある旨回答し、更に、右一二五万円と本件借入額を合計すると二二五万円となり、旧根保証契約の限度額を越えるので新たに四五〇万円を限度額とする本件根保証契約を締結する必要がある旨説明したと証言している。

右の事実につき、原告は、原告のする貸付には原告を支払場所とする約束手形(流通を予定せず、原告のみが使用する約束手形である。)による手形貸付をする場合と、借主の持ち込む他の金融機関を支払場所とする商業手形等(当然に流通が予定されている。)を担保として貸付をする場合とがあるところ、前記⑤の貸付はその後者であって、右商業手形によって期日に決済されることが予想される以上、小島においてもあえて原告に説明しなかった旨主張するが、本件根保証契約書によれば、根保証の範囲は「本根保証契約締結日現在主債務者が貴社(原告)に対して既に負担している一切の債務及び………」と規定されているのであって、仮に、⑤の貸付が商業手形等を担保とする貸付であっても、これが本件根保証契約の保証の範囲に含まれるものであることは明らかである。更に、顧客が原告に持ち込む手形等が確実に決済されるか否かは、その支払期日が到来するまでは分からないのであって、現実に保証人が右貸付について保証責任を追求される事態も十分に予想されるところである。この点に関する原告の主張は首肯しがたい。

また、小島証言によれば、小島は、平成元年四月ころから訴外会社の担当者であり、更に、原告の債権管理部門の調査結果に基づいて、訴外会社の原告に対する既存債務につき被告に前記のとおりの回答をしたのであるから、本件根保証契約締結当時、小島が、前記⑤の貸付の存在を知らなかったということは考えにくい。

結局、小島が、被告に対し、訴外会社の原告に対する既存債務が存在する旨回答しているとすれば、前記⑤の貸付の存在を考慮した金額を被告に告げているはずであって、単に一二五万円である旨回答したとの小島証言は、矛盾しているというほかなく、右矛盾は、小島が被告に対し、訴外会社の原告に対する既存債務が存在しない旨回答していたことを意味すると考えるのが相当である。

3  原告との間で訴外会社のために根保証契約を締結しようとする被告にとって、訴外会社の原告に対する既存債務の有無及びその金額が重大な関心事であるのは当然のことである。

原告は、旧根保証契約の存在及び本件根保証契約の限度が四五〇万円であることを根拠として、小島が既存債務がない旨回答した行為と被告が本件根保証契約を締結した行為との間に因果関係がない旨主張するが、本件根保証契約が旧根保証契約の限度額を大幅に拡大するものであること及び訴外会社のために将来にわたって四五〇万円の範囲で保証する旨の意思を形成する場合、本件根保証契約締結時における訴外会社の経営状態が大きな判断要素となるところ、原告に対する既存債務の有無及び金額はこれを判断する重要な事実であることに照らし、原告の右主張は相当ではない。

4  以上によれば、本件根保証契約の際、小島が被告に対し、訴外会社の原告に対する既存債務が存在しない旨回答した行為は不作為による詐欺に該当するというべきである。

ところで、小島証言によれば、小島は原告内の審査部門から渡された契約書等への署名・捺印の徴求と出納部門から渡された現金の交付をするにとどまり、自ら契約条件等を設定する権限はなかったものと解するのが相当であり、小島が原告の代理人であったとの事実を認めるに足りる証拠はない。

しかしながら、小島の前記行為は小島本来の業務行為と密接な関連性を有するものであり、また、原告は小島ら営業担当者の業務行為によって利益を得ているとともに、営業担当者において不相当な業務行為がないか否かを指導監督する義務を負っているというべきであるから、前記のとおり小島が使者であるにすぎないとしても、原告において小島の前記行為につき善意であった旨主張することは信義則に反し許されないと解するのが相当である。

なお、原告は、主債務者の資力のないし信用は、保証人となろうとする者の責任において調査すべきものであり、本件において被告が原告から予想外の請求を受けたのは、被告が右調査を怠った結果にすぎないのであるから、被告が詐欺の主張をするのは相当ではない旨主張しているので、この点についても検討するに、主債務者の資力ないし信用は保証人となろうとする者の責任において調査すべきものであるとの一般論はもっともであるが、本件のように原告の社員において主債務者の資力ないし信用に関する事実について詐欺があったと評価される場合にも右一般論を適用すべきでないことは明らかである。

5  以上の事実によれば、被告の主張は理由があり、原告の本訴請求は棄却されるべきものであるから、これに反する主文掲記の手形判決を取り消し、原告の請求を棄却することとする。

(裁判官山之内紀行)

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